伊勢物語…第二十段〜第二十三段

                                第二十段 

 むかし、をとこ、やまとにある女を見て、よばひてあひにけり。さて、ほどへて、宮づかへする人なりければ、かへりくるみちに、やよひばかりに、かへでのもみぢのいとおもしろきををりて、女のもとにみちよりいひやる。
    君がためたをれる枝は春ながら
       かくこそ秋のもみぢしにけれ   
                                (三三)
とてやりたりければ、返事は、京にきつきてなん、もてきたりける。
    いつのまにうつろふ色のつきぬらん
        きみがさとには春なかるらし 
                                  (三四)

                                【通釈】
 昔、男があった。その男は、大和の国にいる女を見て、求婚して結ばれたのである。そのように夫婦の生活をしていて、しばらくたって、男は官吏として公に仕えている人であったので、京都へ帰って来ることになったのだが、その帰って来る道で、三月頃に、楓の紅葉のたいそうすばらしいのを折って、この大和の女のもとに、道中から言い送ったのである。
   あなたのためにと思って折った枝は、春であるのに、このように秋のように紅葉していることですよ。別れのつらさゆえの、私の血の涙がかかって。
と詠んで送ったところ、それにたいする女の返事は、男が京都に帰り着いてから届けて来たことであった。その返事は、
   いつの間にこの紅葉のように心変りする気配がついたのでしょう、か、色変りしたのでしょうか。あなたの里には春がなくて秋ー飽きばかりらしいですね。
※「秋」という言葉を使っていないのに表現で上手に表している

                         【語釈】
※やまとにある女を見て→第一段・第二十三段の女を連想してよい。
※よばひて→求婚して。第六段・第十段・第九十五段などでは、「あふ」前の段階であることがわかる。
※あひにけり→第九五段の末尾の「この歌にめでてあひにけり」と同じく、結婚したということである。
※宮づかへする人なりければ→男に公務があったのである。「宮仕へ」は愛情を阻害するものとして描くのがこの物語の特徴である(二十四段・六十段・八十四段参照)。
※かへりくるみちに→京に帰って来る道中で。この物語は、京都中心に書かれているのである。「その山は、ここにたとへば、比叡の山をはたちばかり重ねあげたらんほどして」(九段)の「ここにたとへば」と同じ。
※はるながらかくこそ秋のもみぢしにけり→現在でも、種類によっては、春や夏の間から色づいている楓はある。そのような品種だったのだろうか。あるいは突然変異ともいうべき病葉(わくらば)であったのだろうか。
※返事は京にきつきてなんもてきたりける→男が道中から大和にいる女に歌を贈り、女がその返事を届けたのであるから、女の返事は男が京に帰ってからしか着かなかったのであるが、「君が里」と言う言葉を生かすためには、男が京に帰っていなければならなかったとも言える。
※うつろふいろ→「うつろふ」は、盛りであるものが衰えること。花や木の葉であれば、色あせて、枯れる、散るなどの意となり、人の心であれば、愛情が衰える、心変わりする、の意となる。
※春なかるらし→「春はないらしい。秋ばかりであるらしい。だから紅葉するのだ」と言っているのだが、「秋」に「飽き」を掛けている。

                          第二十一段

 むかし、をとこ、女いとかしこく思ひかはしてこと心なかりけり。さるを、いかなる事かありけむ、いさゝかなることにつけて、世の中をうしと思ひて、「いでていなん」と思ひて、かゝるうたをなんよみて、物にかきつけける。
    いでてなば心かるしといひやせん   
       世のありさまを人はしらねば  
                              (三五)
とよみおきて、いでていにけり。この女、かくかきおきたるを、「けしう、心おくべきこともおぼえぬを、なにによりてかかゝらむ」と、いといたうなきて、いづかたにもとめぬかむと、かどにいでて、と見、かう見、見けれど、いづこをはかりともおぼえざりければ、かへりいりて、
    思ふかひなき世なりけり年月を
        あだにちぎりて我やすまひし 
                               (三六)
といひて、ながめをり。
    人はいさ思ひやすらん玉かづら
        おもかげにのみいとゞ見えつゝ 
                              (三七)
この女、いとひさしくありて、ねむじわびてにやありけん、いひおこせたる。
    今はとてわするゝ草のたねをだに    
        ひとの心にまかせずとも哉  
                                (三八)    
返し、
    忘れ草ううとだにきく物ならば
        思ひけりとはしりもしなまし
                                  (三九)
又々、ありしより、けにいひかはして、をとこ、
    わするらんと思ふ心のうたがひに
        ありしよりけに物ぞかなしき 
                                 (四〇)
返し、
    中ぞらにたちゐるくものあともなく
        身のはかなくもなりにける哉 
                                 (四一) 
とはいひけれど、おのが世々になりにければ、うとくなりにけり。         

                                【通釈】
 昔、男と女がいた。その男と女は、たいそう深く愛し合って、他の人に浮気する心がなかったのである。ところが、どのようなことがあったのだろうか、些細なことにかこつけて、女は二人の中を嫌だと思って、「出て行こう」と思って、このような歌をよんで、何かに書きつけたのである。
    私が出て行ったならば、軽薄な女と言うかも知れない。二人の間の実情を他人は知らないので。
 この女がこのように書き残したのを、男は「おかしい、心にわだかまりを持つようなことも思いつかないのに、どういうことで、このようになったのだろうか」と言って、ひどく泣いて、何処にでも探しに行こうと、門の外に出て、あちらを見、こちらを見…というように、あたりを見まわしたのだが、何処を探すという目当ても思いつかなかったので、帰って家に入って、
    愛するかいもない間柄であったよ、この年月を、実効のない契りをして私は生活していたわけではなかったのにと言って、一人でぼんやりと物思いにふけっている。
    出て行ったあの人は、さあ、どうだろうか、ひょっとして私のことを思っているのだろうか。この頃、いつもより面影が何度もちらつくのだが…。
 この女は、たいそう時が経ってから、辛抱するのがつらくなったのであろうか、言って来たのである。
    「今はもうお別れ」と言って忘れてしまうという忘草の種だけでもあなたの心に蒔かせないようにしたいものです。別れたからと言って、そのまま忘れてしまわないようにしてほしいものですよ。
男の返歌、
   何を言っているのですか。あなたが、私のことを忘れるために、忘草を植えていると聞くことがあったならば、それまでは覚えていてくれたのだということを知ることになるでしょうよ。
またまた、以前よりも一層深い関係になって、男が、
   私のことを、またまた忘れているだろうと思う疑いの心によって、以前よりも一層悲しさがまさることであるよ。
女の返歌、
   中空に浮かんでいる雲のように、いずれの山に帰ることなく中途半端な状態で、どこへ行くかわからぬ状態で、我が身はそのままはかなく消えてゆくことでありますよ。
とは言ってみたけれども、それぞれ別々の生活になってしまったので、そのまま疎遠になってしまったのである。

                         【語釈】
※いとかしこくおもひかはして→「かしこく」は、本来「恐れ多い」の意であったが、次第に「程度が甚だしい」意を表す副詞的用法として使われることが多くなった。ここも、その意であるので、「心をこめて」と訳しておく。「男はうけきらはず呼び集へて、いとかしこく遊ぶ」(竹取物語)
※こと心→他の人に浮気する気持ち。「こと心ありて、かゝるにやあらむと思い疑ひて」(二十三段)
※よのなか→「男女の間柄」とか「夫婦生活」と解するのが通説であり、『伊勢物語に就きての研究 索引篇』でも、「世間ノ意」と「男女ノ意」に分けて用例をあげているが、『伊勢物語』全体の用例を見ると、「君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ」(三十八段)「世の中の人の心は、めかるれば忘れぬべきものにこそあめれ」(四十六段)など、「世間」の意で用いられるのが一般的である。『伊勢物語』の中では「歌はよまざりけれど、世の中を思ひ知りたりけり。あてなる女の、尼になりて、世の中を思ひうんじて、京にもあらず、遥かなる山里に住みけり」(百ニ段)が「男女の世界」と解されないこともないが、それは恋愛をテーマにしている物語だから内容が特定されるのであって、語の本来の意としては「世間」と解すべきであめう。この段の場合も、「男女の仲」と訳す方が落ち着く感じもするが、語本来の意を生かせば、「こうして世間にあること」が「うし」と思ったという意になり、「世間」と訳してもよい。
※うし→「嫌だ」「気が進まない」「積極的になれない」というような気持ち、「世の中をうしと思」って出て行った人を「女」とするのが通説であるのに対して、竹岡正夫著『伊勢物語全評釈』は「男」が出て行ったとする。しかし、これが誤りであることは以下に述べるように明らかである。
※ものにかきつけける→紙に書いたのではないことがわかるように、わざわざ「物に」と言ったのである。
※出でゝいなば心かるしと言ひやせむ…→共に住んでいた女が出て行ったのである。当時は男が出て行った場合は「心かろし」とは言わない。出て行ったのは、やはり女であろう。「皆、色好みなりける女、出でていにければ」(二十八段)、「出でていなば誰か別れの難からむありしにまさる今日はかなしも」(四十段)のように、出ていくのは、常に女である。また、「心かるし」「心かろし」の例は『源氏物語』でも宿木の巻に一例しかないが、いずれも女性に対する非難である。当時は「あだなる男」は非難されないが、「心かろき女」は非難され、軽蔑されるのである。出て行ったのが女であることはここでもわかる。
※この女、かくかきをきたるを→この女がこのように歌を書いて置いて出て行ったのを。出て行ったのを男と見る立場では、「この女(男が)このように歌を書いて置いて出て行ったのを見て」という文脈になるが、適切ではない。
※けしう→形容詞「けし」(「異し」「怪し」)の連用形、中止法。
※心をくべきこと→心に隔てを置かねばならないこと。
※はかり→目当て。見当。
※あだにちぎりてわれやすまひし→「契る」は、夫婦として共に生活しようと約束すること。「あだに」は「結実しない」「駄目になってしまう」意。「すまひし」の「住まふ」は、男が主体。「と言ひけれど、男住まずなりにけり。」(二十三段)、「いかがありけむ、その男住まずなりにけり。」(九十四段)。「年を経て住み来し里を出でていなばいとど深草野とやなりなむ」(百二十三段)がこれに相当する。「住む」は男女関係について言う場合は、男が女とともに生活すること。だから、出ていったのは女ということはここでも確認される。「あだにちぎりてわれやすまひし」は、「結実しない契りをすべく我々はここに住んでいたのだろうか」ということになる。
※といひて、ながめをり→独りで物思いにふけりながらぼんやりとこの歌を口ずさんでいたのである。
※人はいさおもひやすらん…の歌→「いさ」は「さあ、どうだろうか」という意。「あの人は、さあどうだろうか、私のことを思っているだろうか」と言っているのである。゜たまかづら」は通常「掛け」「懸け」に続くが、この場合は「おもかげ」の「かげ」を導く枕詞となっている。「おもかげにのみ」は、実際には会えずに、面影によってだけ見えると言って
いるのであるが、「夢」の場合と同様に相手が自分のことを思っていてくれると、面影に見えると考えられていたのである。なお、この歌の前に、「女」と記されていないので、前歌に連続して、これも男の歌として読むべきであろう。「出て行った女は、ひょっとして、私のこと思っているのだろうか、この頃、今まで以上に面影が何度も見えるのだが…」と言っているのである。
※ねむじわびてにやありけむ→辛抱し切れなくなったせいであろうか。「念じわびて」は「辛抱するのが辛くなって」の意。
※今はとてわするるくさのたねをだに…の歌→「今はお別れ」と言ってそのまま忘れてしまうようになる忘草の種子だけは、あなたの心に蒔かせたくありませんよ。−別れたからといって、そのまま忘れてしまわないようにしてほしいものですよと、女は未練たっぷりに言って来たのである。
※わすれぐさうふとだにきく物ならば…→男の返歌。前歌を承けて、「女が忘れようとして忘草を植えているということだけでも聞けるならば……」の意。「今になって、忘れようとして忘草を植えるぐらいなら、それまでは忘れていなかったことがわかってよい」と言っているのである。
※ありしより、けにいひかはして→和歌の「ありしよりけに物ぞかなしき」の表現をそのまま地の文にしているのであって、この段のこの部分が『古今集』恋四・七一八(題しらず よみ人しらず)の「忘れなむと思ふ心のつくからにありしよりけにまづぞ恋しき」という歌を改作して加えられたものであることがわかる。
※わするらんと思ふ心のうたがひに…→男の返歌である。あなたはどうせ忘れているだろうという疑いの気持ちのせいで。離れて行った過去の女の行動を前提に「忘るらんと思ふ心の疑ひ」を抑え切れないのである。
※ありしよりけに→以前より一層。
※中空に立ちゐる雲→中空にあって、東の山にも西の山にも帰って行かない雲。戻ることもなく、離れて行ってしまうこともない女を喩える。出て行った女は帰る所がないという把握が前提になっている。前述したように、『伊勢物語』を始めとする平安時代の文学は「心軽き女」に厳しい書き方をしているのである。

                          【研究】
 「なか空にたちゐる雲のあともなく…」の歌が国立歴史民族博物館本の末尾に付載されている今は無き皇太后宮越後本と小式部内侍本に、それぞれ別の章段の一部となって伝わっている。
 まず、皇太后宮越後本として引用されている章段の中に、
  むかし、おとこ、ある人に、しのびてあひかよひければ、かのをとこに、あるひと、
     なかぞらにたちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりぬべきかな
とうい段がある。
 一方、小式部内侍本による増補部分を見ると、やはりこの歌が独自な形で存在していたことがわかる。
  むかし、おとこ、すゞろなるみちをたどりゆくに、するがのくに、うつのやまくちにいたりて、わがいらんとするみちに、いとくらうほそきに、つたかへではしげり、物こゝろぼそくおもほえて、すゞろなるめをみる事と思ふに、す行者(すきゆく)にさしあひたり。
「かゝるみちにはいかでかいまする」といふをみれば、みし人なりけり。「京にその人のもとに」とて、ふみかきてつく。
     なかぞらにたちゐる雲のあともなく身のいたづらになりぬべきかな
とてなんつけゝる。かくておもひゆくに、
     するがなるうつのみ山(うつみの山)の打つゝにもゆめにも人にあはぬなりけり(九段)
とおもひゆきけり。
 行間の(   )の部分に相当する箇所は誤写と見て校訂したが、要するに普通本第九段の第ニ部分の異伝である。現在の第九段は、@三河の国八つ橋、A駿河の宇津谷峠、B駿河の国富士山。C武蔵の国隅田川という四場面からなるが、@とCは『古今集』にある在原業平の歌。AとCはそれを補った後の作者の歌と見られるが、これはまさに、『伊勢物語』の生成過程における試行錯誤の跡と言ってよかろう。

第二十二段

 むかし、はかなくてたえにけるなか、猶やわすれざりけん、女のもとより、
     うきながら人をばえしもわすれねば
         かつうらみつゝ猶ぞこひしき
                    (四二)           
 といへりれば、「さればよ」といひて、をとこ、
     あひ見ては心ひとつをかはしまの
         水のながれてたえじとぞ思ふ
                   (四三)      
とはいひけれど、その夜いにけり。いにしへゆくさきのことどもなどいひて、
     秋の夜のちよをひとよになずらへて
         やちよしねばやあく時のあらん       
          (四四)
返し、
     秋の夜のちよをひとよになせりとも
          ことばのこりてとりやなきなん
                  (四五)
いにしへよりもあはれにてなむかよひける。            

【通釈】

昔、はかなく絶えてしまった二人が、やはり忘れることができなかったのだろうか、女のもとから、
     気が重い生活でしたが、やはりあなたを忘れることができませんので、一方では何度も恨みながら、一方ではやはり恋しく思われることです。
と言ったので、「だから言わぬことではない…」と言って、男が、
     私は、一度結婚した上は、一心不乱にあなたと心を交わし、河の中の島では傍を水が絶えず流れているように、絶えることがないようにしようと思っているのですよ。
とは言ったのだか、その言葉のように、その夜は出かけて行った。過去や将来のことなどを話して、
  (男)長い秋の夜の千倍の夜を一夜に見なして、それを八千夜分まとめて共寝したならば、もう満足と思うことがありましょうか。ありませんよ。
返歌、
     おっしゃるように、長い秋の夜の千夜を一夜に見なしたとしても、愛の睦言はまだ尽きることなく、先に鶏が鳴いてしまうでしょうよ。
ずっと以前の、二人が夫婦であった時よりも、しみじみとした気持ちで通ったことであるよ。

※二十一段とペアになっている。

【語釈】

※浮きながら→いやな結果になってしまったけれども。物語文の「はかなくて絶えにけるかな」を歌にしているのである。
※人をばえしも忘れねば→物語文の「なほや忘れざりけん」を歌にしているのである。「し」は強意の助詞。
※かつうらみつゝなほぞ恋しき→「かつ」は「一方では…」の意。一方では何度も怨みながらも、その一方ではやはり恋しいことである。
※さればよ→だから言わぬことではない。前段と同じく女の方から離れて行ったのであろう。だから男は「さればよ」と言ったのである。
※あひ見ては→一度関係を持つと。男女が「あひ見る」(互いに見る)ということは「関係を持つ」「夫婦になる」ということである。「あひみでは」と読む説もあるが、採らない。「あひ見では」では、事が進まないからである。
※心一つをかはしまの→「心ひとつ」は、「をみなへし秋の野風にうちなびき心一つを誰に寄すらむ」(古今集・秋上)「伊勢の海に釣する海人の浮けなれや心一つを定めかねつる」(同・恋一)のように、「心一つ」は、「迷うことなく、心を一箇所にまとめること」。「絶えじとぞ思ふ」に続くのである。「かはしま」に掛けて「心一つを交し」と読む説もある。なお、「かはしま」は、河の中にある島。だから、どちらを見ても水があって、周りを流れて絶えることがないのである。「周りの水流が島に沿って二つに別れるが、再び出会う」という解釈は鎌倉時代の『和歌知顕集』からある古い説であるが、根拠がない。「絶えじ」を導くだけでよいのである。
※とは言ひけれど、その夜いにけり→「とは言ひけれど」はやや不審。「とは言ったのだけれども、言葉だけではなく、実際にその夜出かけて行った」の意と解することも出来るが、「さればよ」という言葉と「私は心に決めて結婚した限り、『絶えじ』と思っていたが、あなたが離れて行ったのです」と皮肉をきかした歌を受けて、「とは言ひけれど」と記したと見るべきであろう。
※秋の夜の千夜を一夜になずらへて→「なずらへて」は「同じものに見なして」の意。秋の夜は長いもの、その長い秋の夜の千夜を一夜に見なし、それを八千夜にしても…」と言っているのである。男の歌とも女の歌とも記されていないが、「その夜いにけり」に続いていると解して、男の歌と見ておく。
※ことばのこりて鶏や鳴きなん→鶏の鳴く時間(午前三時頃とされるが季節により一定しない)に男は帰って行くのであるが、もっと話していたいと言っているのである。女の歌である。歌の中では「言の葉」と言って「言葉」と言ったけ例がないという理由で「言は残りて」と読むべきだという『竹岡全評釈』の説があるが、「言の葉のこりて」では常に字余りになるので、「言葉残りて」と言ったとみれば納得される。

第二十三段

 むかし、ゐなかわたらひしける人の子ども、井のもとにいでて、あそびけるを、おとなになりにければ、をとこも女も、はぢかはしてありけれど、をとこは、「この女をこそえめ」とおもふ。女は、「このをとこを」とおもひつゝ、おやのあはすれども、きかでなんありける。さて、このとなりのをとこのもとより、かくなん、
      つゝゐつのゐづゝにかけしまろがたけ
         すぎにけらしないも見ざるまに 
                        (四六)
女、返し、
      くらべこしふりわけがみもかたすぎぬ
          きみならずしてたれかあぐべき 
                       (四七)
など、いひいひて、つひにほいのごとくあひにけり。
 さて、年ごろふるほどに、女、おやなく、たよりなくなるまゝに、「もろともに、いふかひなくてあらんやは」とて、かうちのくに、たかやすのこほりに、いきかよふ所いできにけり。さりけれど、このもとの女、「あし」とおもへるけしきもなくて、いだしやりければ、をとこ、「こと心ありて、かゝるにやあらむ」と思ひうたがひて、せんざいの中にかくれゐて、かうちへいぬるかほにて見れば、この女、いとようけさうじて、うちながめて、
      風ふけばおきつしら浪たつた山
          夜はにや君がひとりこゆらん
                          (四八)
とよみけるをきゝて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。
 まれまれ、かのたかやすにきて見れば、はじめこそ心にくゝもつくりけれ、いまはうちとけて、てづからいひがひとりて、けこのうつは物にもりけるを見て、心うがりて、いかずなりにけり。さりければ、かの女、やまとの方を見やりて、
      君があたり見つゝををらんいこま山
          くもなかくしそ雨はふるとも
                           (四九)
といひて、見いだすに、からうじて、やまと人「こむ」といへり。よろこびてまつに、たびたびすぎぬれば、
      君こむといひし夜ごとにすぎぬれば
           たのまぬ物のこひつゝぞふる
                         (五十)   
といひけれど、をとこ、すまずなりにけり。

【通釈】

昔、田舎暮らしをしていた人の子供が、井戸の近くへ出て遊んでいたのであるが、大人になってしまったので、男も女も互いに意識して、はずかしがっていたのだが、それでも、男は「この女をこそ我が妻にしたい」と思う。また女は「この男を、我が夫に」と思い続けていて、親が結婚させようとすることを、まったく聞かないでいたのである。
 さて、この隣の男のもとより、このように言って来たのである。
     この筒井の井筒の高さを越えたら結婚しようと願いをかけて来た私の身の丈は、もう井桁の高さを越してしまっただろうな。あなたとお会いしない間に。
 女が返歌をする。
     あなたと長さを比べて来た私の振り分け髪も、もう肩を過ぎてしまいました。いつでも結婚できますが、あなた以外の誰が私の結婚相手になれるでしょうか。
というようなことを、何度も言い交わして、遂に本来の意思のままに結婚したのであったよ。

 さて、何年か経つ間に、女は、親がなくなり、生活の支えがなくなるにつれて、「この女といっしょに住んで、みじめな状態でいられようか」と男は思って、河内国高安郡に、新しく通って行く所ができてしまったのである。そんなことになったのだが、この元の妻は、この男の行状を「悪い」と思う様子も見せずに送り出すものだから、男は「浮気心があって、このように自分を送り出すのだろうか」と疑わしく思って、植え込みの中に隠れて、河内へ行ったようなふりをして様子を見ていると、この女は念入りに美しく化粧をして、物思いにふけりながら、ぼんやりと外を眺めて、
    風が吹くと沖の白波が立つほどに不気味な龍田山を、あの人は夜半に一人で越えていらっしゃるでしょうか。
と詠んだのを聞いて、限りなく愛しく思って、そのまま河内へも行かなくなってしまったのである。

 たまたま、その高安にやって来て、見ると、女は当初は奥ゆかしげにうわべを作っていたのだが、今は、すっかり気を許して、自分の手にしゃもじを取って、家の子郎党に飯を盛っているのを見て、厭になって、行かなくなってしまったのである。
 そのような次第であったから、その高安の女は、男の住む大和の方を見やって、
    あの方が住んでいらっしゃるあたりを何度も何度も見ながらお待ちしていましょう。あの生駒山を雲は隠さないでください。たとえ雨の降ることがあろうとも。
と言って、外をぼんやりと見ていると、やっとのことで、例の大和の人が「来よう」と言って来た。喜んで待っていると、何度も何度も来る予定の日が過ぎてしまったので、
    あなたが「来よう」とおっしゃった夜は、その度ごとにむなしく過ぎてしまったので、もうあてにはしていないけれども、恋い慕いながら過しております。
と言ったのだけれども、結局、男は通い住みしなくなったのである。

【語釈】

※田舎わたらひしける人→@地方官とする説や、A田舎向きの行商とする説があるが、共に間違い。『名義抄』は「活計」を「ワタラフ」と読む。また『大和物語』第百四十八段に「年頃わたらひなどもいとわろくなりて、家もこぼれ、使ふ人なども徳ある所に行きつつ、…」とあるのを見ると、「生きるための生活」すなわち「生計」の意。「田舎わたらひしける人」は「田舎で生活をしている人」「田舎で生計を立てている人」の意であることがわかる。地方官でもかまわないが、任命されて赴任し、任期を終えて京へ帰る国司のクラスではなく、その土地でずっと生活している郡司以下をイメージしなければなるまい。いずれにしても、実在の在原業平に附会して解釈するのは適当でない。
※井のもと→井戸のそばで。「志賀の山越えにて、石井のもとにて、物言ひける人の別れける折によめる」(古今集・四〇四 詞書)とあるように、「下」ではなく、また身長が低いこととも関係しない。井戸のそばの意である。
※親のあはすれども〜→「この隣の男のもとより…」というように女を中心に据えた書き方になっているので、ここも女の親であろう。
※つつ井つの→非定家本系や別本の肖柏本・時頼本・最福寺本・真名本などでは「つゝゐづゝ」とある。底本の「つつゐつの」も「筒井筒の」の約と見るのが自然であろうが、ここでは「井筒」の枕詞の役割をしている。「井筒」は、筒型になった井戸の周りに作った筒型の枠。
※かけし→「かく」は、@量る、A欠く、B願を賭く、などの説があるが、「量る」は現代語でも「目方をかける」という言い方が残っているように天秤衡に懸ける意であって、身長について言うのには無理があり、「欠く」も一部が失われている場合に言うのであって、身長について言うのは不適切である。ここはやはり、「願を賭ける」意とすべきであろう。「梅が枝に来ゐる鶯春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつつ」(古今集・春しらず上・よみ人)「秋かけて言ひしながらもあらなくにこの葉降りしくえにこそありけれ」(伊勢物語・九十六段)のように、「…を心にかける」「…を待望する」意とすべきであろう。つまり、井桁の高さを越したら結婚しようと、井桁に願を賭けていたのである。なお、「まろ」は、自称の代名詞。『源氏物語』の例はすべて会話の中で用いられており、和歌中の使用は珍しいといえば珍しいが、この和歌が会話的な役割をしているとも言える。
※君ならずして誰かあぐべき→成人式にあたる「髪上げ」と解すれば、「あなたと結婚するための髪上げでなくて、誰が髪上げをさせるでしようか。誰も私の髪上げを強いることはありません」の意になる。
※など言ひ言ひて→「など」は例示の意を持つ副助詞。ここには一組の贈答歌しかあげてないが、実際には何度もやりとりがあったので、一例として揚げた歌という意で、「など」を用いているのである。
※本意のごとくあひにけり→「本意」は本来の意(こころ)。「ん」を無表記としたために「ほい」という語が生まれたのである。

※女、親なくたよりなくなるままに→招婿婚(通い婚、婿を招く)的な要素が強い当時においては、女の親が生活の面倒を見るのが普通であったから、親が死んで、男の世話を十分にできなくなったと言っているのである。
※もろともに、いふかひなくてあらんやは→「いふかひなし」は、「口にして言うだけの価値がない」と意から発展して「何の値打ちもない」「ふがいない」というような状態を表す。「共に生活していても何の値打ちもない」と言っているのである。
※風吹けば沖つ白波たつた山→「風吹けば沖つ白波立つ」は序詞。「白波立つ」の「立つ」と「龍田山」の「龍」が掛詞。必ずしも訳す必要はないが、龍田山の夜道の不気味さを表わすべく直訳してみた。なお、『後漢書』の記述、すなわち「霊帝ノ中平元年、張角反ス。皇甫崇討ツ之ヲ。角ガ余賊在テ西河白波谷ニ為ス盗ヲ。時ノ俗(一般の人)、号ク白波ノ賊ト」とあるのによって、この「白波」を賊徒のこととする説もある。事実、『拾遺集』雑三・五六〇に「廉義公の家の紙絵(屏風絵でない絵)に、旅人の盗人に会ひたるかたかける所」という詞書で「盗人の龍田の山に入りにけり同じかざしの名にや隠れむ」という歌もあるから、当時、「白波」を盗賊のこととする理解があったことは確かであり、ここもその意を下に置いて男の身を案じていると見ることもできる。
※とよみけるを聞きて→声を出して歌ったのである。
※かぎりなくかなしと思ひて→「かなし」は「いとおしい」という意。『萬葉集』巻十八・4106の「父母を 見れば尊く 妻子見れば かなしくめぐし」や『源氏物語』夕顔の巻の「わがかなしと思ふ娘を仕うまつらせばや」などの「かなし」が同じ意である。

※心にくもつくりけれ→「つくる」は「それらしく様子をする」意。「寝入りたるさまをつくりて臥せり」(『落窪物語』巻一)
※てづからいひがひとりて→「いひがひ」は「飯匙」。飯を掬うもの。「しゃもじ」。女主人がみずから飯匙をとって飯を盛り分けるのである。
※けこのうつは物にもりけるを見て→「けこ」は「家子」。「禄いまだ賜はらず、これを賜ひて家子に賜はせむ」(竹取物語)。家の子。召使など、その家に属する小者。眷属。
※見つつををらむ→「をらむ」は「居らむ」で「控えていよう」の意。後の「を」は間投助詞。
※見出だすに→ぼんやりと外を眺めるのである。
※住むーまずなりにけり→男が女のもとに通って来なくなったと言っているのである。

【参孝】『大和物語』第百四十九段 抜粋

 むかし、大和の国、葛城の郡にすむ男女ありけり。この女、顔かたちいと清らなり。年ごろ思ひかはしてすむに、この女、いとわろくなりにければ、思ひわづらひて、かぎりなく思ひながら妻をまうけてけり。この今の妻は、富みたる女になむありける。ことに思はねど、いけばいみじういたはり、身の装束もいと清らにせさせけり。かくにぎははしき所にならひて、来たれば、この女、いとわろげにてゐて、かくほかにありけど、とらにねたげにも見えずなとあれば、いとあはれと思ひけり。心地にはかぎりなくねたく心憂く思ふを、しのぶるになむありける。