竹取物語10…富士の煙の由来

 そのゝち、おきな、女、ちのなみだをながしてまどへど、かひなし。あのかきおきし文をよみきかせけれど、「なにせんにか、いのちもおしからん」「たがためにか」「なに事もようなし」とて、くすりもくはず。やがておきもあがらで、やみふせり。中将人々ぐして、かへりまいりて、かぐやひめをえたゝかひとめずなりぬる事、こまごまとそうす。くすりのつぼに御文そへてまいらす。ひろげて御覧じて、いといたくあはれがらせ給て、ものもきこしめさず、御あそびなどもなかりけり。大臣・上達部をめして、「いづれの山か、天にちかき」とゝはせ給に、ある人そうす。「するがの國にあるなる山なんこの都もちかく、天もちかく侍ると奏す。これをきかせ給て、
  あふ事も涙にうかぶわが身にはしなぬくすりもなにゝかはせん
かのたてまつるふしのくすりに、またつぼぐして、御使に給はす。勅使には、つきのいはかさといふ人をめして、するがの國にある山のいたゞきにもてつくべきよし、おほせ給。みねにて、すべきやうをしへさせ給ふ。御文、ふしのくすりのつぼならべて火をつけて、もやすべきよしおほせ給。そのよしうけ給て、つはものどもあまたぐして山へのぼりけるよりなん、その山をふじの山とは名づけゝる。そのけぶり、いまだ雲のなかへたちのぼる
とぞいひつたへたる。

※女→「おうな」→「おむな」→「女」と表記が変化。
※ようなし→やっても無駄。
※ぐして→一緒にして。
※こしめさず→飲食もなさらない。
※あるなる→「なる」は伝聞推定の助動詞と見られるが、普通は「あなる」と書いて「あンなる」と読む。
※涙に→「涙」に「無み」を掛ける。「逢うことがないので流す涙」。
※ふしのくすりに、またつぼぐして→掛詞をともなった上手な歌。
※あなる→あるという。
※もてつく→持って行って到着する。
※おほせ給→命令する。二重敬語。
※つはものども……→「不死の薬」を焼いたから「富士の山」と呼ばれるようになったと説明するかのように見せながら、意表をついて、「つはもの(士)」があまた登ったので「富士山」と呼ばれるようになったのだという新解釈を示したのである。