竹取物語2…五人の求婚者と難題の提示

 世かいのをのみ、あてなるもいやきも、このかぐや姫を、「えてしがな」「みてしがな」と、をときゝめでゝまどふ。そのあたりのかきにも、家のとにも、をる人だにたはやすくみるまじきものを、夜はやすくいもねず、やみの夜にいでても、あなあなをくじり、かひばみまどひあへり。さる時よりなむ、よばひとはいひける。
 人の物ともせぬ所にまどひありけども、なにのしるしあるべくもみえず。家の人どもに、物をだにいはむとて、いひかくれども、ことゝもせず。あたりをはなれぬ君だち、夜をあかし日をくらす、おほかり。をろかなる人は「ようなきありきはよしなかりけり」とて、こずなりにけり。その中に、猶いひけるは、色このみといはるゝかぎり五人、おもひやむ時なくよるひる(き)けり。その名ども、石つくりのみこ、くらもちの御こ、左大臣あべのみむらし、大納言大伴のみゆき、中なごんいそのかみのまろたり、この人々也けり。世中におほかる人だに、すこしもかたちよしときゝては、みまほしうする人どもなりければ、かぐやひめをみまほしうて、物もくはず思ひつゝ、かの家にゆきて、たゝずみありきけれど、かひあるべくもあらず。ふみをかきてやれども、返事もせず。わび哥などかきてをこすれども、かひなし。とおもへど、霜月しはすのふりこほり、みな月のてりはたゝくにも、さはらずきたり。この人々、ある時は、竹とりをよびいでゝ、「むすめをわれにたべ」と、ふしをがみ、手をすりの給へど、「をのがなさぬ子なれば、心にもしたがはずなむある」といひて、月日すぐす。かゝれば、この人々、家にかへりて、物をおもひ、いのりをし、願をたつ。思ひやむべくもあらず。さりとも、つゐにおとこあはせざらんやはとおもひて、たのみをかけたり。あながちにこゝろをみえありく。
 是をみつけて、おきな、かぐやひめにいふやう、「我尓のほとけ、変化の人と申ながら、こゝらおほきさまでやしなひたてまつる心ざしをろかならず。おきなの申さん事は聞給ひてんや」といへば、かぐやひめ「何ごとをかの給はんことはうけ給はざらん。變化のものにて侍けむ身ともしらず、おやとこそおもひたてまつれ」といふ。おきな「うれしくもの給ふものかな」といふ。「おきなとし七十にあまりぬ。けふともあすともしらず。このよの人は、おとこは女にあふ事をす。おんなは男にあふ事をす。そのゝちなむ、門ひろくもなり侍る。いかでか、さる事なくてはおわせむ。かぐやひめのいわく「なんでう、さる事はし侍らむ」といへば、「変化の人といふとも、女の身もち給へり。おきなのあらんかぎりはかうてもいますかりなんかし。この人この人の、とし月を経て、かうのみいましつゝの給ふことを思ひさだめて、ひとりひとりにあひたてまつり給ね」といへば、かぐや姫いわく「よくもあらぬかたちを、ふかき心もしらで、あだこゝろつきなば、のちくやしきこともあるべきを、と思ふばかり也。世のかしこき人なりとも、ふかき心ざしをしらでも、あひかたしとなんおもふ」といふ。おきないわく「思ひのごとくもの給ふかな。抑いかやうなる心ざしあらん人にかあはんとおぼす。かばかり心ざしをろかならぬ人びとにこそあめれ」。かぐやひめのいはく「なにばかりのふかきをかみんといはん。いさゝかのことなり。人の心ざし、ひとしかんなり。いかでか中にをとりまさりはしらん。五人の人の中に、ゆかしきものをみせ給へらんに、御心ざしまさりたりとて、つかうまつらむと、そのおはすらむ人びとに申給へ」といふ。「よきことなり」とうけつ。
 日くるゝほど、れいのあつまりぬ。あるは笛をふき、あるはうたをうたひ、はるはしやうがをし、あるはうそぶき、あふぎならしなどするに、おきないでゝいわく「かたじけなく、きたなげなるところに、年月をへてものし給こと、きはまりたるかしこまり」と申す。「『おきなの命、けふあすともしらぬをかくの給ふ君たちにも、よくおもひさだめてつかうまつれ』」と申も、『ことはりなり。いづれも、おとりまさりおしはまさねば、御心ざしのほどは見ゆべし。つかうまつらんことは、それになむさだむべき』といへば、『これ、(よき事なり。人のうらみもあるまじ』といふ」。五人の人々も)よき事なり」といへば、おきないりて云、かぐやひめ、「石つくりのみこには、佛のいしのはちといふ物あり。それをとりてたべ」といふ。「くらもちのみこには、東の海にほうらいといふ山ある也。それにしろかねをねとし、金をくきとし、白玉をみとしてたてる木あり。それ一えだおりて給はらん」といふ。「いまひとりには、もろこしにあるひねずみのかはぎぬを給へ」。「大伴の大納言には、たつのくびに、五色にひかる玉あり。それをとりて給へ」。「いそのかみの中納言には、つばくらめのもたるこやすのかひ、ゝとつ、とりて給へ」といふ。おきな「かたき事にこそあなれ。このくににある物にもあらず。かくかたき事をば、いかに申さん」といふ。かぐやひめ「何かかたからん」といへば、おきな「とまれかくまれ、申さん」とて、いでゝ「かくなん、きこゆるように見給へ」といへば、御子たち上達部聞て、「おいらかに、『あたりよりだに、なありきそ』とやはの給はぬ」といひて、うんじて、みなかへりぬ。

※世かい→仏教語から来た語。宇宙。
※をのこ→職業を持っている男性。
※をとこ→恋愛が前提の女に対する男。
※をと→噂。評判。
※家のとにも→「と」−外。
※くじり→(穴を)あけて。
※垣間見(かきまみ)→かいばみ。「き」−「い」。「ま」−「ば」。
※「よばひ」の語源を説明している。物語も本当にあったように書き現している。
※しるし→ききめ。効果。
※君だち→貴公子。
※猶→やはり。
※色このみ→愛情の深い人、又はプレイボーイ。平安時代は悪い解釈だけではなかった。センスが良い、又は愛情があるなど。
※みこ→天皇の子供。漢字では、王子。
※左大臣あべの「みむらし」→「みうし」の誤写か。
※左大臣→最高権力者。
※すこしもかたちよしときゝては→「て」は「轉」の草体。
※「我尓のほとけ、…」の「尓」は「子」の誤写。
※ふかき心ざしをしらでも、→「も」では意が通じない。「者」の草体を「毛」の草体に誤ったか、「磐」の草体を「裳」の草体に誤ったのであろう。
※あるはしやうがをし、→唱歌、声歌。声を出して歌うこと。
※うそぶき→嘯。口笛をふく。
※「者」の草体を「无」の草体と誤った。
※おきないりて云、→「云」を脱す。
※「蓬莱」→想像上の仙山。仏教だけでなく、道教の事もよく知っている人が竹取物語を書いた。
※「かくなん、きこゆるやうに見給へ」→「見給へ」は「見せ給へ」の誤り。
※『あたりよりだに…』→「より」は「通って」の意。「だに」は限定。
※うんじて→「倦んじて」。いやけがさして。
※みなかへりぬ→求婚者五人に敬語がついていない。
※みる→結婚する。
※やれども→送る。
※わぶ→つらい、苦しい。
※わび哥→苦しさをうたった歌。
※王→わお…中国語の「ワン」からきた。
※おのが→自分自身。
※なす→産む。
※「あるときは…」の「ある」→もともとは動詞からきている。ここにやって来て、ここにいる時はと訳す。
※物おもひ→悩む事。九割まで、恋がかかわる。
※なむある→「なむ」は会話文にしか出て来ない。
※さりとも→さありとも
※ついに→最後には。
※変化→へんげ。姿を変える事。仏教語。(仏が様々な姿になって現れる)
※あなかち→強引に。
※みゆ→見る事が出来る。相手に見られる(古文のみ。「受身」)自然にみえる(現代語も同じ解釈)
※ありく→行動する事。
※いふやふ→「やふ」は「こと」と同じ、名詞。「といへば」と対応している。
※我子のほとけ→私の一番大切なものよ。
※おろか→おろそか。
※心ざし→愛情。
※給ひてや→「て」は「つ」の未然形。完全に聞いて下さるだろうか。
※七十にあまりぬ→七十を越している。後半に五十と書かれている…@姫に早く結婚させるために年齢をサバを読んだ説。A前半と後半では作者が違う説。
※あふこと→結婚する事。
※門ひろくもなり→一門が栄える。
※おわせむ→「おはせむ」が正しい。写した時代が江戸時代であったので仮名つかいが乱れていた。
「いわく」→「いはく」。「なんでう」→「なんでふ」。
※かりなんかし→「かし」は念をおす言葉。後に「えわす」になる(源氏物語など)
※かうのみ→このように、暑い時も、寒い時も。
※かしこき人→すばらしい、頭の良い、身分の高い、恐れ多い、なるほどと納得する程の人。
※抑(そもそも)→当時は男性しか使わなかった。
※の給ふ→敬語
※おぼす→敬語
※をろか→おろそか。いいかげん。
※あめれ→「あるめれ」の縮まったもの。「あんめれ」
※なにばかり→どれほどまでの。どの程度の。
※ゆかしきもの→自分が欲しいもの。「ゆかし」は心ゆくこと。心が満足するもの。
※おわすらん→「らん」は推量。いらっしゃるらしい。
※れいの→れいのように。いつものように。
※あるは→「ある者は」の縮まったもの。
※たべ→「給へ」の縮まったもの。下さい。
※いまひとり→もうひとり。求婚者は三人であった。その後二人続く。教科書4頁まで「三」の数字が三回出てくるので最初は求婚者が三人であった説もある。
※作者が本当らしく見せるために、実在人物を登場させた。作者は漢文が読める知識深い男性であった。
※竹取物語の舞台は奈良県桜井市の辺り。大和高田の辺りが設定。
※時代は飛鳥時代から藤原時代。「よばい」の言葉もこの頃出来た。