竹取物語3…石作の皇子と仏の御石の鉢

 猶、この女みでは、世にあるまじき心ちのしければ、天竺にある物ももてこぬものかはと思ひめぐらして、石つくりの御子は、こゝろのしたくある人にて、天竺に二となきはちを、百千万里の程いきたりとも、いかでとるべきとおもひて、かぐやひめのもとには、「けふなん天竺へ石のはちとりにまかる」ときかせて、三年ばかり大和國とをちの郡にある山寺にびんづるの前なる鉢のひたくろにすみつきたるをとりて、錦のふくろにいれて、つくり花の枝につけて、かぐやひめの家にもてきて見せければ、かぐやひめ、あやしがりてみれば、はちの中にふみあり、ひろげてみれば、
  うみ山のみちに心をつくしはてないしのはちのなみだながれき かぐやひめ、ひかりやあるとみるに、ほたるばかりのひかりだになし。
  をく露の光をだにぞやどさましをぐら山にてなにもとめけん とて、かへしをす。
  しらやまにあへば光のうするかとはちをすてゝもたのまるゝかな とよみすていでたり。かぐや姫かへしもせず なりぬ。みゝにも聞いれざりければ、いひわづらひて、かへりぬ。かのはちをすてゝ又いひよりけるよりぞ、おもなき事をば、はぢをすつとはいひける。

※猶→やはり
※もてこぬものかは→持って来る事が出来ないのだろうか、持ってこないではおれない。「…かは」反語
※したく→準備す。計画性のある人。
※百千万里→多い形容。
※いかでとるべき→「いかで」は反語。「べき」は可能。
※「けふなん…」→900年頃の読み。意味の強固。会話語。
※ときかせて→「せ」は使役語。
※つくり花→造花。
※天竺→今のインド。
※とをち→十市郡ー「和名抄」に「止保知」と読む。現在の桜井市のあたり。
※びんづる→寳頭盧。十六羅漢の第一。白頭長眉の相。食堂に置かれることが多かった。
※うみ山のみち→インドまでの海あり山ありの険しい道。
※「泣きし」のイ音便「泣いし」と「いしの鉢」を掛ける。
※音便→口語的。
※「鉢の無み(無いので)」と「涙」を掛ける。
※「小倉の山」→桜井市井谷のあたりというが不明。「夕さればをぐらの山に鳴く鹿は今宵は鳴かずいねにけらしも」(萬葉集・巻八・一五一一)
※「鉢を捨つ」と「恥を捨つ」を掛ける。
※「もなし」→「鉄面皮」なこと。